揺れない心 ~Serene Hearts~
『揺れない心』を持つ人間になりたい。 2005年に急性骨髄性白血病を発病、骨髄移植の後に社会復帰を目指すも、敢え無く2007年初に再発、再移植。GVHDと格闘の日々を綴ります。
★。:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜Thanks 200,000 HIT (16th Aug. 2007)★。:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜
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この度は『揺れない心 ~Serene Hearts~』へお越し頂き、誠に有難う御座います。
当Blogは白血病・骨髄移植・骨髄バンクに関する正しい知識を皆で共有する為に開設したものです。
初めての方はまずこちらをお読み下さい。今後とも宜しくお願い申し上げます。
2006年8月7日/管理人

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2007年3月5日/管理人

久々の新規コンテンツです。掲示板を作ってみました。 ゲストブックでの教訓を背景に、今回こそは皆で気軽に相談できる場が作れることを期待しています。誰かがアナタの知識を必要としてるはず。遠慮無く胸の内をブチまけていって下さい。入り口は左メニューバー下部、またはこちらから。
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2008年3月6日/管理人
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命日
藤井将雄 様

拝啓 秋冷の候、如何お過ごしでしょうか。
早いもので、あれからもう5年の歳月が経過致しましたが、今年もホークスは無事レギュラーシーズンを首位で勝ち抜き、現在プレーオフ第2ステージでロッテと闘っております。昨日・一昨日と連敗してしまいましたが、今日の休みが良いリフレッシュになって明日以降3連勝で大逆転を信じてます。ベンチの中から応援戴くと共に、空の上からもホークスの選手達を見守り、そして力を与えて下さい。 敬具




昨日、10月13日は故・藤井将雄投手の命日だった。
今もなお大好きな選手の一人である。


1994年のドラフト第4位で日産自動車九州から
ダイエーホークスに入団(同期は城島選手、本間選手など)。
1999年には当時のパ・リーグ記録となる26ホールドで
タイトル獲得、チームの日本一にも大きく貢献した。

しかし同年の日本シリーズ後に胸の痛みを訴え、
その後入退院を繰り返しながら病と闘うも、
2000年10月13日、
多くの人々に惜しまれつつこの世を去った。

病名は進行肺ガン。
享年31歳、野球選手としてもこれからという時期、
あまりに早すぎる死であった。



2000年にダイエーホークスがパ・リーグ連覇を決めた時、
王監督と共に“藤井ハリー”
(ホークスのマスコットキャラ「ハリー」のぬいぐるみに
藤井選手のユニフォームを着せたもの)が
宙を舞ったことは有名な話である。
そして藤井ハリーはそれ以降、
ホークスベンチの片隅でナインの勝利を見守り続けている
(今年からはユニフォームをソフトバンクに着替えて!!)。



球団関係者は彼の多大な功績を称え
背番号「15」を永久欠番に、
また福岡ドーム(現ヤフードーム)の15番ゲートを
彼の背番号にちなんで“藤井ゲート”と名付け、
記念プレートと彼が最後に残した言葉が掲げられている。



心に残るその言葉をここで紹介したい。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
皆様へ
 今の自分があるのは、過去から現在において出会った全ての人のおかげだと思います。その中の誰一人がかけても、今のこの幸せな自分は存在しませんでした。だから、すべての人に感謝しています。
 プロ野球選手はまわりの人々に夢と希望を与える職業だという人がいます。でも、ボクは逆です。たくさんの人から夢や希望、エネルギーをもらってきました。そのことがうれしかったんです。
 6年前の入団発表のとき、王監督を胴上げしたいと抱負を述べました。その願いも去年のリーグ優勝と日本一で無事に達成できました。そして、今年はチーム全員で頑張ってつかんだV2。すばらしい野球人生だったと胸を張れます。
 この病気には自分自身、すごく勉強させてもらいました。孤独や優しさ、思いやり、不安。人間の本当の感情に触れることができました。今までのボクは上っ面のとこしか見えてなかったんだなとも思いました。すべては、この病気が教えてくれたことです。
 この一年間、ゆっくりと休ませてもらいました。あらためて野球を頑張ろうという気持ちにさせてくれた中内正オーナー代行はじめ球団の方々、王監督、チームメートの皆、感謝の気持ちは忘れません。そして、生きる希望を与えてくださったファンの皆様、ありがとうございました。これからもダイエーホークスを応援してください。
藤井将雄
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




野球ファンでなくとも心に響く言葉であると思う。
4年前の前回も、そして今回も、
これを含め藤井選手の言葉達を胸に病と闘う。

あまりに同感すべき点、学ぶべき点が多いからだ。



体調を崩して立ち止まって色々考えてみる。
またゆっくりと周囲を見回してみる。
そうすると、普段の日常生活では見落としていた
大事なものがいくつか見えてくる。

その一つが、自分の周りにいる家族・友人のありがたみ。
藤井選手の言葉をパクる訳じゃないけど・・・
実際はかなりパクってるけど・・・

今の自分がこうして病床に伏しながらも
元気に笑顔で毎日を送れるのは、
最も身近にいて親身になってくれる家族と、
そして忙しいのに病院まで
見舞いに来てくれて励ましてくれたり、
ブログを通じたコメントをくれる友人達のお陰だと思う。

当然、その中の誰一人が欠けても、
今こうして笑顔でいられる自分は存在しなかった。
だから心から、全ての人々に感謝しているし、
これからもヨロシクの気持ちでいっぱいだ。




ちょっとクドくなるかもしれないけどもう一つ、
印象的で意味深い、
彼の性格を象徴するような言葉を紹介させて欲しい。

これは死後に出版された、
本人の母・姉が綴る藤井選手の生涯のドキュメント本
『ダイエー・藤井将雄物語-宙に舞った「藤井ハリー」』
からの抜粋。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
先日、知人に「なんで手、足、目、耳が二つずつあるかわかる?」と聞かれました。「何でと言われても・・・」と考えていると、その知人は「一つは自分の為に使い、もう一つは他人の為に使うように」と教えてくれました。
片手は自分の為に何かをつかみ、片手は倒れている人を優しく起こしてやる・・・。
片足は自分の為に力強く地を踏みしめ、片足は困っている人の所まで助けに行く為に・・・。
片目は自分自身を見つめ、片目は他人を見守ってあげる為・・・。
片耳は自分の為に人の意見を聞き、もうひとつの耳で人の意見を聞く為のもの・・・と。
ぼくはこの話の後、自分なりにこんな感じで理解しましたが、皆さんはどう思います・・・。
これからは、なるべく両手がふさがらないように、心に余裕を持って生きていきたいものです・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




この言葉、みんなはどう感じるのかなぁ。
是非みんなのコメントを聞いてみたい。
こーゆうの好きな人、
恥ずかしがらずにコメント寄せてちょうだい。
少なくともパッと思いつくだけで10人近くいるなあ。



オレは・・・心に余裕を持って・・・
そう、「揺れない心」。

実は我が人生の両輪であるホークス・麻雀には
こんなトコで共通点があったんだよね。
ってちょっと強引か。

けど自分ひとりの力で生きてる人なんて
一人もいないんだよね。
それだけ周りへの感謝を忘れずに。

なんだかちょっぴり自分の就職活動の
自己PRとかも思い出した。
まあ1社しか内定出なかったんだけど。
就職も1つの出会いだよね。
会社との出会い、そして同期との出会い。
上司、先輩、後輩との出会い。




なんだか話がずれてきたようなんで・・・今日はここまで。
ずいぶん長くなったけど、
それだけ元気になってきた証拠です☆

今日は2週間ぶりにシャワーも浴びて、
悪臭とも別れを告げたぞ!!

週末の見舞い、ウェルカムだ。





もしこれを読んで藤井選手に興味を持ってくれた人がいたら、
是非本人の公式HPも見てちょうだい。
5年たった今も掲示板は盛り上がってます♪ 
http://www.ado.ne.jp/~fujii/



あと『藤井将雄物語』に興味を持った人がいれば、
宝物だけど貸します。残念ながら既に絶版。
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