揺れない心 ~Serene Hearts~
『揺れない心』を持つ人間になりたい。 2005年に急性骨髄性白血病を発病、骨髄移植の後に社会復帰を目指すも、敢え無く2007年初に再発、再移植。GVHDと格闘の日々を綴ります。
★。:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜Thanks 200,000 HIT (16th Aug. 2007)★。:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜
☆。:*:。:・'゜Thanks for the NEW RECORD 1,763 HIT/day (11th Mar. 2008)★。:*:。:・'゜
この度は『揺れない心 ~Serene Hearts~』へお越し頂き、誠に有難う御座います。
当Blogは白血病・骨髄移植・骨髄バンクに関する正しい知識を皆で共有する為に開設したものです。
初めての方はまずこちらをお読み下さい。今後とも宜しくお願い申し上げます。
2006年8月7日/管理人

【訪問者の方々へ】
管理人と直接絡むには こちらまで直接メールを!気軽なダメ出しを待ってます。
2007年3月5日/管理人

久々の新規コンテンツです。掲示板を作ってみました。 ゲストブックでの教訓を背景に、今回こそは皆で気軽に相談できる場が作れることを期待しています。誰かがアナタの知識を必要としてるはず。遠慮無く胸の内をブチまけていって下さい。入り口は左メニューバー下部、またはこちらから。
ゆれここ掲示板へ

2008年3月6日/管理人
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お見舞い/グッズ編その①
またちょっとゴブサタしてしまいました。皆さんお元気ですか?
更新をあんまりサボると心配の問合せが・・・便りが無いのは元気な証拠です。きっと。
最近活動的で、日中はほとんど外で生活するように心掛けてて、
お陰様でだいぶ体力が戻ってきました。リハビリ兼ねた筋トレも快調で、慢性筋肉痛です。



久しぶりにお見舞い編を更新しようと思って、
今日は患者側の視点から喜ばれるであろう、お見舞いグッズを紹介。
とりあえずタイトルを『グッズ編①』として、
あたかも続々紹介される雰囲気をかもし出してみましたが・・・
今回で一気に紹介しつくしてネタ切れする危険性あるかもしれません。

ってことで、是非×②患者の方の「これをもらって嬉しかった」や、
お見舞いに行った人の「これが喜ばれた」みたいな意見を募集します。



とりあえず今日は個人的に思ったコトを連々と綴るとして。

さて、お見舞いグッズ、これは大別すると以下3つに分類されると思う。

1)入院生活で使える日用品、他
2)入院中の暇潰し品
3)外出・外泊時に使える品

どれがベスト!!ってのは勿論無いんだけど・・・
入院先の病院によっては一部制限があると思うのでその点はご留意下さい。



1)入院生活で使える日用品

意外と見舞いグッズとして見落としがちなのかもしれない、日用品。
中には秀逸なモノや、入院生活の快適性向上に資する品もあったりする。

オレが頂戴した品の中で、特に気に入ってたのは・・・
)トイストーリーの箱ティッシュカバー
)ソフトバンクホークスの応援グッズ(タオル・メガホン)
)ポールスミスのマグカップ

いずれも医師・看護師や同室の患者サンとの会話のネタになった。
いつも病気や症状の話ばかりでなく、やっぱり周囲の人と気軽に話したい。
けど中々話すネタが無くて困ってる・・・って人は多いんじゃ?
そーゆう時、「これカワイイね」とか、「これ面白いね」みたいな、
気軽に話題のネタとなりそうな品がベッド周りにあると意外と話が弾んだりする。

とは言っても、かなりセンスが問われる品なので選ぶ際は慎重に・・・。
あと、こういったモノは退院してからもずっと使えるから便利だよね。

また食料品等の差し入れ、これは以前骨髄抑制編でも書いたけど、
免疫力が低下してるから色々と食料品は制限が厳しい。
無難な路線を歩む人は避けた方が・・・と個人的には思うのだが、
治療の時期によっては病室から外に出ることも困難なことだってあって、
そういった時に毎日病院食しか食べられないのは余りに酷な話。
“もし患者が望むのであれば・・・”でいいと思うけど、
ちょっとしたお菓子等が意外と喜ばれると思う。

ちなみにオレは、スナック菓子やカップラーメン、クッキー等を
友人にお願いして差し入れてもらったなぁ。
熱が全然下がらない時はポカリスエットを大量に持ってきてくれた友達もいたし。
外の味ってのはやっぱりどうしても憧れてしまう。
病院食以外は絶対にNG!!って言われてる時期以外であれば、
事前に電話で「何か食いたいモン無い?」って聞くのも一つの手だろう。



2)入院中の暇潰し品

一般的なのは本、漫画類だよね。
オレもいっぱい貰いました。そして非常に有意義に暇潰しをさせてもらった。
けどやっぱり、副作用で吐き気等が強い時に細かい字を読むのは大変。
こういった時に助けられたのが、オレの場合はDVDです。

パソコンの普及によって、今や殆どの病院・病室でパソコン持ち込み可じゃないかな?
であれば、パソコンでDVDを見るのは可能なはず。
映画は勿論、意外と面白かったのが歌手のライブDVD。
普段自分じゃあ買わないようなモノとかを貰うのがオレは好きだ。

けどこのほかに、DVDで絶対外せないのが“お笑い系”DVD。
テレビ番組がDVD化されたヤツや、芸人のライブDVD等、探せば一杯ある。
病室に閉じこもって気分が↓↓↓な時、ついつい患者は笑顔を忘れる。
忘れかけた笑顔を思い出させてくれるのが“お笑い系”DVDの強み。
更に言えば、笑うと白血球・好中球の数が増加するって言われてるだけに、
こんな医学的な副次効果さえも期待されてしまう。
多分入院中にオレは30本以上の“お笑い系”DVDを見たはずだ。

経済的にゆとりがあるならドラマのDVDボックスを大人買いするのもアリ。
24や韓流ドラマ等、色々と見尽くしました。最近ではロストが面白いらしいよ。

随分DVDで語ってしまったが・・・あとは最近流行りのポータブルゲーム関連。
我が病室にはピーク時でPS2、PSP、NINTENDO DS、Game Boy Microの4機種が揃ってた。
ここらへんのゲームを貰えるのも助かりでした。けど、これは若い人向けかなぁ・・・。

そんな感じです。



3)外出・外泊時に使える品

先ずは何と言っても帽子でしょ。特にニット帽。
だってしょーがないよ、副作用でツルっパゲになるんだから。
女性患者はウィッグを使ってる方もいるだろうけど、
男はボウズ?スキンヘッドで勝負です。

けどそうなると少々頭が寒い・・・と外に出ると感じてしまう。
ちょっと小洒落たニットキャップとか嬉しいね。
しかも髪の毛無いから異常に蒸れる→すぐ汚れる。
だから換えがいくらあっても不便しないのだ!!!

ついでに、この延長線上にあるのが衣服。
と言っても入院中にパジャマ代わりとして着る感覚の服じゃなくって、
外出・外泊時に外で着れるようなちょっとした勝負服?(苦笑)

すぐに使えないってわかってても、それを着ることを目標に、
日々の励みに変えて治療に専念することだって出来るんだよ。
「早く着たいなぁ~」って思いつつイイ子イイ子な患者に変身したり。



皆さんどうでしょうか・・・。
オレが貰ったモノで活躍した品々を一気に紹介させてもらいました。
異論反論は当然あるだろうけど、
他にも何かオススメがあれば是非コメント・メール等お待ちしてます。



以上

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リンク貼って頂きました☆
今日は高知県・福島県に在住の方々、特に必見です(笑)。

ちょうど1ヶ月前の8月25日に完成し、僅か1ヶ月間の間で100人を超える方々に挑戦頂いている
『骨髄バンク/ドナー登録/骨髄移植に関する理解度確認クイズ』。
挑戦、結果登録、本当に皆様有難う御座います。
このクイズに挑戦頂いた結果として、少しでもバンクやドナー登録、
そして骨髄移植に関する正しい情報が伝わっていれば何よりです。



こんなズブの素人が作成したクイズですが、様々な方に挑戦頂けておりまして・・・、
実は高知県と福島県の骨髄バンク推進連絡協議会のHPにリンクを貼って頂くことができました☆
しかもご丁寧に、関係者の方から事前に連絡まで頂戴して・・・本当に有難い話です。
頑張って?作った甲斐があったって感じですね(o^-')b



ってことで、今日は夫々の推進連絡協議会のちょっとした紹介を。



高知県骨髄バンク推進連絡協議会

平成4年に設立、骨髄移植の普及を目的とし、県内のライオンズクラブを中心に
血液病や骨髄移植に造詣の深い医師、医療関係者によって設立されたボランティア団体。

ここのホームページ、何が凄いってQ&Aの充実ぶりがハンパ無い。
骨髄バンク、骨髄、登録、骨髄提供、ドナー、その他の6カテゴリ、
合計で何と176ものQ&Aが用意されており、正直これを見れば殆どの疑問が解決すると思う。
っていうかオレのクイズなんかより全然充実してるんだが・・・汗。
ここまでバッチリ作成された関係者の方々に脱帽です。

こちらでは「リンク」の中に貼って頂いております☆



福島県骨髄バンク推進連絡協議会

続いては福島県の骨髄バンク推進連絡協議会。
平成2年設立、いわき骨髄バンク推進連絡会議から始まり、
現在では県内6支部で活動を展開中。

本当に驚かされたのは・・・福島県のドナー登録者数の多さ。
総人口が200万人強に対して、何と2006年8月現在で8046人ものドナー登録者がいる。
ちょっとイメージが湧きずらいかもしれないけど、
骨髄バンクが目指す30万人のドナー登録者に対して、
各都道府県別に“目標達成人数”というのが存在して、
これは30万人を単純に各都道府県の人口比率で配分したものなんだけど、
この目標達成人数の達成率が172%という驚異的な数値。

何で福島県だけでここまでの達成率を果たしているのか・・・
ふと疑問にも思ったが、ひとえに推進連絡協議会の広報活動の成果であることがわかった。
HPを見て頂ければ一目瞭然だが、ほぼ毎日のように県内のどこかで
ドナー登録会が開催されていて、地道に各登録会でドナー登録者が増加している。
何と言えばいいのか・・・心から敬服に値する広報活動だ。
是非一度覗きに行って見たいとついつい思わされてしまった。

こちらのHPでは、何とトップページにクイズのリンクを貼って頂いてます。
恐縮してしまいますね・・・(゚ー゚;Aアセアセ



高知県、福島県に在住の方々、是非一度登録会に足を運んでみては如何でしょうか?
その場で登録する必要は無いと思いますが、きっといい勉強になると思います。
お時間あれば是非!!!



以上

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骨髄バンク/進まぬ移植
9月22日の朝日新聞夕刊の1面に骨髄バンク関連の記事があった。
皆さんは読まれたでしょうか?
本記事に関してはちょっと思うコトもあるので、日記のネタにします。



読んでない人の為に、簡単に記事の内容の紹介から。

骨髄バンクの目標であるドナー登録30万人が近々達成されそうな中、
近年、移植が思うように進まず、待機患者も増え続ける事態が起きている。
その原因は、移植可能な患者が見つかっても「仕事があって行けない」
等の理由から骨髄液提供を断るケースが多いとのこと。
これを受け、骨髄移植推進財団は30万人の目標の見直しも検討中とのこと。

サッカーの井原選手、歌手の本田美奈子さんを起用したCM、ポスターの反響や、
白血病を題材にした映画のヒット等でドナー登録者は急増している状況下、
財団によると2005年度に適合通知を受け、移植に前向きな姿勢を示した
ドナーでもその半数が断念したとのこと。
その理由として健康以外のものが6割を占め、「家族の同意が得られない」
「仕事で都合がつかない」等が多く、最近では不安になって登録をやめる人、
連絡がつかない人なども目立っている。
同年度の登録患者数の内、実際に移植にこぎつけたのは僅か36%であった。
患者側からは「適合ドナーが20人いたのに断られた」との意見も寄せられている。

財団は「善意で協力してくれるのだが、最近は軽い気持ちからドナー登録する人が増え、
本当に提供する意思があるのか読みきれない。30万人を超えても安心できない」と困惑。

財団の正岡理事長は「目標登録数を増やすことと、ドナーの質を上げていくことを
総合的に考えたい」と話している。



さてさて、事態は想像以上に深刻なのかもしれない。
2点、朝日新聞の記事で指摘・議論を提起したい。

1点目は患者側から寄せられた「20人いたのに断られた」というもの。
完全に入院先の病院の医師のミスであると思う。
担当医師は自分の患者を骨髄バンクに登録し、
簡易検索の結果として何人のドナーが適合するかの情報を先ず入手する。
その後、移植コーディネーターを経由して1人1人のドナー登録者とコンタクトを開始し、
徐々に候補を絞っていく作業を経て確認検査に至るものと理解しているが、
恐らくはこの担当医は初期の検索結果を患者に伝えてしまっていることが推測される。
確かに適合ドナーが大勢いることは珍しいことで、
その喜びを患者と共有したかったという気持ちは非常に良くわかる。
が、このような事態を想定し、確認検査に至った段階で
初めて患者には具体的な情報を開示すべきでは無いだろうか。

2点目、これは移植財団の正岡理事長のコメントに対して。
恐らくは朝日新聞側の表記の問題であると思われるが、誤解を招きかねない。
「ドナーの質」という表現をしているが、これではドナーの取捨選択を行う必要あり、
という意味で取られてしまう危険性は無いだろうか?
正岡理事長の意図するところは、広告・宣伝や、
登録時の説明をより具体的にすることによって、
ドナー登録者1人1人に対する意識を改善・向上させていくことにあると思う。
というか、そうあって欲しいし、そうでなければ困る。

ドナーを取捨選択、これはあり得ない選択肢。
HLA型の適合確率が極めて低いとされる以上、
先ずはドナー登録者の絶対母数の増加が必要不可欠、これは間違いなく事実である。
確かに映画や著名人等に触発されてドナー登録を行った方は多いと思うし、
それはバンクや映画会社の意図するところでもあったはずだ。
ここまでは「作戦通り」であり、願ったり叶ったりの世界。

この先にある「いざ適合通知を受けてから」の話は、全く別モノであって、
ドナー登録者数の増加とは切り離して考えるべきだと思う。

今までこのブログで41人のドナー登録者の方々からアンケート回答を頂戴した。
その中で38人の方が世の中のドナー登録者の方々が、
ドナー登録の実情に対する世間の認識・理解は不十分であると感じており、
その具体的な内容としては「登録の処置や手順」や「リスク認識」等が多数を占める。
さらに具体的な内容は別途集計作業中なので追って紹介する。



やっぱりドナーの「質」っていう表現は些か乱暴だ。
質を上げたいってことは、今は質が低いっていうコト?
動機が何であれ、ドナー登録をするという行為そのものを先ずは尊重すべきでは無いか。
その上で、最終的に提供するか否か、これはドナー本人の意識の問題もあるかもしれないが、
適合通知を受けた段階での社会的な立場・状況によること止むを得ず、
いざとなって辞退することを否定してしまっては元の木阿弥となろう。

ドナー登録によって患者が1つの「機会」「チャンス」を手に入れることは間違い無く、
そもそも「提供意思が薄いのでは?」なんて疑いをもってかかってちゃ、
患者側からみれば適合ドナーと運命的に出会う確率そのものを下げてしまう結果となる。



上記を整理すると、少なくともオレ個人の意見としては、
質?意識?そんなものは横において、やっぱり先ずはドナー登録をして欲しいと思う。

その上で、登録時のドナーに対する説明、またバンクの広告・宣伝活動に注力し、
現実を正しく理解してもらうことにより、「質を上げる」のでは無く、
「ドナー1人1人の意識の改善・強化を図る」べきではないか。

じゃあどうすれば・・・?って言われちゃうと難しいのだが。
適合時の職場の理解が得られないのであれば、
それはもっと厚生労働省が主導となって民間企業の協力を促すべき。
公的な休業補償制度は確かに難しいと思うが、
民間レベルでの補償制度は色々と制度を作っていくことが出来るはず。

他にも例えば・・・みんな知ってるかなぁ・・・?
プルデンシャル生命の商品『ドナー・ニーズ・ベネフィット』。
これは、同社の医療保険契約および各種入院総合保障特約に加入する保険契約者を対象に、
一切の追加負担を求めることなく被保険者が骨髄幹細胞採取手術を受けた場合に、
入院給付金日額の20倍の手術給付金を支払うという保険商品。



非常に難解な問題であり、100点満点の解決策なんて存在するはず無し。
ただ病気・移植に対する社会の理解が深まり、
移植を待つ患者の方々の想いを少しでも社会全体で共有できれば・・・
今後の国、移植財団の活動により一層の期待をしたいと思う。



以上

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足ツボマッサージVS慢性GVHD
おはようございます。
いよいよ秋到来って感じの日々になってきました。

秋といえば京都。
オレは秋の京都だけはどんな状態であっても必ず行きたい。
とか言いつつも去年は発病やら寛解導入やらで
それどころじゃ無かったんだけどね・・・。
今年こそは京都の紅葉を見に・・・ぶらり一人旅かな。



さてさて、今日はちょっとした面白ネタです。
マッサージはオレの個人的な趣味の一つであって、
入院中も看護師の方や家族に病室でしてもらったり、
外出できればサーフロー入ってるにも関わらず
病院近所のマッサージ屋に出向いて施術を受けたりしてた。

身も心もリラックスできる至福の一時だよね。



昨日、久々に銀座にある足ツボマッサージに行ってきました。
足の裏は第二の心臓って言ったり、
職人が触れば体のドコが調子悪いとかが一発でわかる。
ホンマかいな???ってずっと疑惑に思っていながらも、
ついつい足を向けてしまうのが足ツボマッサージ。

慢性GVHDをあちこちに抱えた状態で施術を受けたら、
どこまで的確に指摘されるのだろうか??
なんて勝手に職人を試すノリで行って来ました。



結果・・・疲れてると言われたのは、
目、肩、胃、膀胱、挫骨神経の5点でした。


→GVHDでドライアイが出てるし、PCのモニタと日々睨めっこしてるから、
まあ疲れてても仕方ないかな。ってことで正解!!


→ただの肩こりだと思います・・・汗


→GVHDで粘膜障害が出てるんだろうか・・・食事はちゃんと摂れてるけど。

膀胱
→げげげ。これは参った。2ヶ月前に膀胱炎を発症して以来、
膀胱・尿道に関してはかなり神経質になってます。
水分補給の励行、トイレは我慢しない。これでとりあえず対応するしかないね。

挫骨神経
→どうしても座ってる機会が多いもんで・・・
まあ神経痛が出てこない程度であれば仕方ないかな。
どーゆう訳だか、いつも挫骨神経は指摘される。



どうでしょう。
まあ合格点じゃないでしょうか???
GVHDとして抱えているドライアイ、粘膜障害、膀胱炎あたりは
鋭く指摘されてるし・・・けど1点、肝機能障害を見逃してるね。
別に得意気に言う訳じゃあ無いけど、γ-GTP900超の男の肝臓は、
かなり弱ってるはずです・・・。

ってことで100点満点中、70点かな。
けど足ツボマッサージでGVHDが解消するなんてこたぁ無いだろうし、
気分転換がてらで今後もちょこちょこ通うことにします。



以上

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近況報告(2006/09/20)
こんにちわ。今日は暑いですね・・・。
ココんとこ雨が続いてただけに久々の秋晴れ。

DVC00044_M.jpg

気持ちは晴れやか!!って言いたいトコですが、
やっぱり暑いのも苦手です。
今日は2週間ぶりの外来診察だったけど、暑さで少々疲れちゃいました。



さてさて。診察結果ですが・・・ボチボチ順調です。
肝機能も横ばいで、特に悪化の傾向は見られず。
依然として数値は高いんだけど、
まあビリルビンが正常範囲内を維持できてるから一安心。
そして変わらずクソ高いγ-GTPなんですが・・・
主治医は全く気にも留めずに問題なしとの回答。
ホンマこれでいいのか・・・?って少々不安にもなるけど、
まあ大丈夫って言ってくれてるから大丈夫なんでしょう。



血液検査結果はこんな感じでした。














血液検査項目
項目9月6日9月20日
WBC7,000/μl8,000/μl
Hgb14.5g/dl15.0g/dl
PLAT267,000/μl268,000/μl
T-Bil1.2mg/dl1.1mg/dl
ALP483U/l509U/l
GOT(AST)75IU/L66IU/L
GPT(ALT)182IU/L169IU/L
γ-GTP821IU/L972IU/L
総コレステロール391mg/dl382mg/dl
中性脂肪416mg/dl445mg/dl












血糖値推移表
日付朝食前昼食前夕食前
9/13-176253
9/14-134301
9/15-133147
9/16-115269
9/17-185168
9/18-149329
9/19-170169


血糖値推移もだいぶ落ち着いてきました☆
依然としてインスリンな日々は続くけど・・・
このまま順調に進んでくれれば年内には解放されるかも。



しかし・・・残念ながら全てがバラ色って訳にもいかず。
新たな項目が上表にも追加されたけど、コレステロール&中性脂肪が高すぎる。
このままじゃ動脈硬化や脂肪肝になる恐れあり。
そうなるとGVHDによる肝機能障害なのか、はたまた脂肪肝なのかの
判断が出来なくなる為、ここはしっかりと叩く必要ある模様。

まあこれは前々からで、外食中心の食生活がもたらしたものなんだけど、
今や実家生活だからもうちょっと数値は落ち着いていいはず。
遺伝性なんだろうか・・・理由は少々不透明ながらも、
コレステロールを下げることを目的に、また薬が追加された。
その名も「メバロチン」。まだまだ薬漬けの日々は続く・・・。



どれも一時的なモノだし、いつかは全部切れるだろうから。
深くは考えずに、当面の間は薬に頼りつつ完全復活を目指します。

普通に元気で、毎日外で活動できているだけでも感謝×②だね。

お陰様でブログのゲストブックも着々と登録件数増えていい感じ。
本当に皆さんありがとうございます。
まだ登録してないそこのアナタ。
別にコメントを強要してる訳じゃないし、気軽に登録を!!
変に考えすぎる必要は無いと思うよ。

けど1点だけ注意、ゲストブックに対する返信はしてないので、
問合せ、意見等は記事へのコメント、またはメールでお願いします。



以上、久々の近況報告でした。次回外来はまた2週間後です。

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【映画紹介】友情~Friendship~
こんにちわ。ゴブサタしてます。
いよいよ台風シーズン突入って感じの日々ですね。
ジメジメしてるし・・・なかなか気分が乗ってこない。
まああんまりノリノリでテンション上がっても困るけど・・・汗。



さて、今日は映画紹介です。



皆さんはこんな実話をご存知ですか?



アメリカでの話です。

とある小学校にイワン君という名前の男の子がいました。
彼は急性白血病のため、入退院を繰り返し、元気な時は学校にやって来てました。
しかし、治療のために使われた強い薬の副作用で、髪の毛は抜け落ちていきました。
多感な時期の彼は、それでも決心して、行ける時は学校に出て行きました。
ところが、心無い生徒が嘲笑したり、ばかにしたりしたというのです。
それによって、イワン君の足は次第に学校から遠のいていったのでした。

そんなある日、イワン君のクラスメイトの一人が突飛な行動に出ました。
何と母親に頼んで、髪の毛を剃ってもらい、スキンヘッドで登校してきたのです。
それはイワン君のことを思ってのことでした。
彼は自分がイワン君と同じ姿になることによって、イワン君の気持ちを少しでも理解し、
いじめも分散するようにと思ったというのです。
次の日、共感した数人のクラスメイトたちが同じように頭を剃って出てきました。
その次の日には、さらに数人が・・・
そうして、結果的に、そのクラスの男子生徒すべてが頭を剃り、
そのクラスから完全にいじめはなくなったというのです。

このニュースはCNNを通じて全米に報道されました。



この話を日本で映画化したのが、本日紹介する『友情~Friendship~』です。

20060918120508.jpg

制作年/1998年、配給/東映、監督/和泉聖治
キャスト/三船美佳、柳葉敏郎、目加田泰成、松村達雄、田中好子、他



ちょっと古い映画ですが、是非見て下さい。
なんとあの三船美佳さんのデビュー作。
彼女はこの作品で日本アカデミー賞の新人賞を受賞してます。

少年・少女達の友情を描いたヒューマン・ドラマです。
大人はもちろん、少年・少女でも何かしら感じるものはあると思う。
学校の道徳の授業とかで使ったらいいんじゃないかなぁ。
そうすれば若い世代から白血病、骨髄バンクの知識も少しは身に着くし。

ストーリーの内容はネタバレしてしまうこともあり、詳述は避けます。



ちなみに、この映画を元にノベライズされた小説もあります。

『やさしい夏の物語』
花井愛子著/㈱メディアファクトリー発行
1998年5月31日初版発行/定価:1000円+税

20060918120519.jpg

機会あれば、併せてこちらも読んでみて下さい。



以上

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お見舞い/骨髄抑制編
本コーナー、第2回目は、やはり白血病と向き合う上で最も苦労するであろう
『骨髄抑制』を皆さんにもよく理解してもらいたいと思います。



用語集の『骨髄抑制』の項目を参照下さい。
抗癌剤の代表的な副作用の1つで、血液を造られる骨髄の機能が抑制されるため、
白血球、血小板、ヘモグロビン等が作られず、極端に減少する現象。
一番脅威とされている上に、目に見えない・自覚症状が少ない副作用です。



あんまり想像がつかないと思いますが・・・

白血球(特にその中の好中球)が減少した場合、
人はウィルスや細菌等の感染症に対する抵抗力が極端に低下します。
結果として健常な状態の人に比べて感染症を起こしやすくなり、
普段から体内にいるようなウィルスでも、白血球の低下が原因で
突如体が耐え切れずに発熱・嘔吐・下痢等を発症することが多くなります。

血小板は血液を凝固させる作用を有してます。
これが減少した場合は、失血時に止血まで長時間を要するだけでなく、
内出血等を突然起こす危険性が高まります。
赤状の斑点が体に出てきたり、時として脳内出血等の重症に至るケースもあります。

またヘモグロビン(赤血球の構成要素の1つ)が減少した場合は、
貧血を起こしやすくなる為、頭痛・眩暈・動悸・息切れといった症状がでます。



血小板、ヘモグロビンの低下は自覚症状としてすぐに現れ、
またそれぞれ成分輸血をすることによって補完が可能ではあるのですが、
白血球の低下だけは輸血では防ぎきれず、これが一番の大敵となります。



白血病=無菌室というイメージが世間では広がっていると思いますが、
何故無菌室に入らなければならないかというと、
その主因の1つが骨髄抑制に伴う抵抗力の低下(白血球・好中球の減少)にあるのです。



僅かなウィルス、細菌感染が致命傷となり得る危険性を有しているため、
当然ながら風邪気味の人は絶対に見舞いに行くのは見送ってください。

また見舞い品として一般的な「生花」ですが、
これも花粉が病室内に飛び散る危険性があること、
また土中は細菌・バクテリアの宝庫である為、
病院によっては規制が無いところもあると思いますが、避けた方が無難です。
ちなみにオレのような移植→退院したケースでも、
ガーデニング等、土と素手で触れ合うのは当面NGとされています。
お陰でゴルフに行けなくて困ってます・・・(林やバンカーからのショットが多いので)。



他にも抵抗力の低下から食事制限が厳しくなります。
患者さんの状況次第だとは思いますが、基本的に生食は厳禁とされます。
お陰様で管理人も大好物な寿司をかれこれ1年近く食べれてません。
お菓子、調味料等も、原則として小包装されているものが望ましいとされます。
一度開封した食料品は賞味期限内であっても24時間以内に食べなければならず、
『ペットボトル飲料等も、口を付けて飲んではダメでコップに移して飲む』
→口内の細菌がペットボトル内で繁殖する危険性があるから、
『飲料でさえ、開封後24時間を超過した場合は破棄する』
→同じく、外部から細菌が混入して繁殖する危険性があるから、
等、厳しく規制がかかることが多々あります。

その為、色々と考え悩むくらいなら食料品も見舞い品からは外したほうが無難でしょう。



その一方で、無菌病棟内の管理状況に関しては病院によって様々だと思います。
厳しい病院では入室前に完全滅菌→消毒→白衣orビニールの服を着用
っていうプロセスを踏まなければ入れない病院もありますし、
反面、入り口で手洗い、うがい、殺菌消毒をする程度で入室可能な病院もあります。
これは決して厳しいから良いとか、規制が少ないから危険という問題では無く、
病院・病棟の判断によるところが大きいのでは?と個人的には感じてます。

但し、いずれにせよ感染症が非常に恐ろしく、
『重篤な感染症は致命傷となり得る』と言われている程で、
くれぐれもお見舞いに行かれる際は自己の健康状態を、
患者さんの健康状態以上に気遣って頂ければと思う次第です。



ご理解の程を宜しくお願いします。



以上

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クリック募金、ご存知ですか?
皆さんゴキゲン如何ですか?
昨日あたりから天気が崩れて、今日はずいぶん肌寒いですね。
そろそろ半袖・短パンにも限界を感じつつ・・・。
もう今年の夏も終わっちゃったんだなぁ・・・と思うと、
何だか夏らしいコトを何も出来なかった自分が悲しくなる。

来年こそは・・・!!!



さて、今日はサイトのご紹介です。
とは言っても、このブログを見てくれている人達はほとんど
知ってるのかなぁ・・・と思いつつ、一応ご紹介。



クリック募金って知ってます?
最近色んなサイトが増えてきてるんだけど、
ネット上でクリックするだけで募金が出来る、
そんな簡単で素晴らしいサイトのことです。

中でも当ブログとの関係を考えて外すことが出来ないのが
カカクドットコム様のクリック募金。こちらです。
(当ブログの左右メニューバーにあるリンクエリアにも貼ってあります)



こちらでは1日1回、1クリックすることによって、
私達に代わってカカクドットコム様が骨髄移植推進財団に対し1円寄付してくれます。
1日1円とは言え、継続は力なり。
地道にコツコツ、パソコン開くたびにクリックを。
そうすれば財団運営に貢献でき、
移植を待つ患者様の経済的な負担を少しでも軽減できるかもしれません。

なんてこっちゃあ無い、こっちには何も負担無く、
こんな素敵な活動に参加しない訳は無いですよね。
ってことで、今日この記事を見て存在を知った方。
是非×②今後のご協力を宜しくお願いします。



他にも国内・海外に色々なクリック募金があります。
全部紹介するのはちょっと大変なんで・・・先ずはこちらを参照頂ければ。
カカクドットコム様以外にも、社会貢献活動の一環として実施している
民間企業等のクリック募金サイトが紹介されています。




≪参加企業・団体一覧≫
    
    
  
  



以上

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お見舞い/接し方編
周囲に患者がいる方々へ送るこのコーナー。
入院中の家族、友人の見舞いに行く時、どうすればいいんだろう?
こんな悩みを抱えた人って結構多いと思う。

そんな訳で、今後精神面、副作用面、お見舞いグッズ面等、
こうすればいいんじゃない?って個人的に思うことを、
実体験にも基づいて色々と紹介していきたいと思います。
まあ参考になる点が少しでもあれば・・・いいんだけどね。



先ずはやっぱり精神面、患者に対するスタンス・接し方だと思う。
突然友人が病魔に襲われた。そんな時、なんて声をかければいいのか。
これはいつだって声をかけられる側にいるオレが言うのもおかしな話なんだけど、
こう接してくれたらこっちとしても有難い、みたいな気持ちで。



結論から先に言っちゃうと、『いつも通り』『気構えるコト無く』が一番助かる。
逆に辛いのが、変に気を遣われたりすること。
「大丈夫か?」「頑張れよ」「みんな心配してるぞ」系かなぁ。



その心は・・・



そりゃ本人が一番辛いッス。間違い無く。
そりゃ本人が一番凹んでます。少なくとも発病初期の段階は。
患者ってひとしきり凹んだ後に先ず考えるコトは、
「皆に何て言おう・・・」なんだよね。

仕事をしてる人であれば職場の人達に。
学生であれば先生、そしてクラスの人達に。
当然のことながら友人に対しても、誰に対して正直に言おうか。
誰に対しては黙っていようかなあ・・・。などなど。

友達全員に正直に「自分が白血病にかかった」なんて言う患者はあんましいない。
だから、もし友人からそんな告白を受けたとしたら、あなたは選ばれし友人。
先ずはそれを誇りに思っていいと思う。
そうすると、ここで「何をしてあげられるのか?」って悩みが生まれる。
けど、何もしてあげなくっていいってのが、オレの中での正解。
特に何をして欲しいって訳じゃ無くって、フツーでいいんだよ。

ちなみにオレはかなり寂しがり屋なんで・・・
結構色んな人に正直に話してしまいました。
後で知られて「何で言ってくれなかったの?」とか言われたくないし、
逆の立場でもやっぱりそういうコトは話して欲しいと思うから。
やっぱり黙ってるといつかは話が矛盾を来たすと思うんだよね。
あと、噂で広がっていくのが凄い怖いっていう気持ちが強くって・・・
自分の知らないところで勝手に尾ひれがついて、
ドンドン話が大きくなっていくのだけは絶対に避けたかったってのもある。
それだけ、この病気に対する世間の認知度、イメージってのも悪いし。
皆に病室まで足を運んでもらって、元気な自分を見てもらえば安心するだろう。
こんな気持ちから、発病後1週間くらいたったあたりでひたすら電話しまくった。

他の患者の方々がどうしてるかは知らないけど、結構こーゆうヤツは珍しいかも。



ちょっと話がそれてきたんで元に戻そう。
突然、一日中病室の外に出れない軟禁生活を余儀なくされた場合・・・。
どうしても外の世界に対する執着心っていうか、憧れが強くなる。
と同時に、自分はこれからどうなってしまうんだろう・・・っていう不安感。
こうした気持ちを少しでも取り除いてあげれたらいいんじゃないかな。

「大丈夫?」とか「頑張れよ」とかって言う気持ちは凄いわかるんだけど、
結局そういった言葉は患者にとってみれば、
「やっぱり自分は病人なのか・・・」っていう気持ちを強がらせてしまう。
だから逆に、「最近どうよ?」みたいに接していいんじゃないかなぁ。
一緒に1時間くらい他愛も無い話をするような見舞いで十分励みになるって。



我が友人達は結構極端なキャラもいるんだけど・・・

例えば病室で一緒にプレステやって遊んだり。
UNOを持ってきてくれて、皆で談話室で夜まで遊んだり。
一緒に映画やテレビをを見て、一緒に笑ったり。
中には他の見舞い客から貰った漫画を読んで帰っていくヤツもいた。
あ、貰った漫画を借りて帰っていくヤツもいた。



これを聞いてなんだそりゃ?って思う人もいるかもしれないけど、
意外とこーゆう接し方って患者目線から見ると気楽で有難いもんだ。
気分転換っていうか、張り詰めた緊張感を緩めてくれる効果がある。

見舞いに来てくれた瞬間が一番の開放感を味わえる時。
そんな時間を共有できることによって勇気付けられるコトも多かった。



不安な患者の気持ちを察して、変に意識せずにあえてフツーに接する。
なんだかんだ言って、これが一番だと思うな。
当然異論反論は色々あると思うけど・・・。如何でしょうか?



以上

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【舞台紹介】IMAGINE 9.11/鑑賞報告
こんにちわ。今日の東京はいい天気です。
思わず外ではしゃぎたくなるような晴天。

さてさて、昨日の舞台鑑賞報告です。IMAGINE 9.11。



いきなりこの記事を読んで、なんだそりゃ?って人。
8月21日の記事で紹介してるんで、先ずはそちらからご覧下さい。

あと、今日の最終公演に行こうとしている人。
ネタバレしちゃうので、見終わってから読むことを薦めます。



この舞台は事実を基に脚色を加えたフィクションです。
先ずは実話の方の紹介から・・・



2001年9月11日、全米同時多発テロの勃発。
これに伴い、アメリカ連邦航空局は航空機の全面飛行禁止を発表した。
しかしこの時、日本には幸いにも全米骨髄バンク(NMDP)で
HLA型が一致するドナーが見つかり、
9月12日移植予定で前処置を既に完了して
アメリカから骨髄液が空輸されるのを待つ患者が3人いた。

前処置を完了した段階で患者本人の
造血幹細胞(血液を造成する細胞)は完全に破壊されており、
最早自力で血液を造成できる状況には無く、
一刻も早くドナーの骨髄液を注入する必要がある。

しかしテロの影響から飛行機は飛ばない。
このままでは患者3人が生命の危機に瀕することになる。

飛行禁止の解除の見通しが一切たたない中、
テロによる混乱から全米・日本の両骨髄バンク間の連携もうまく行かない。
そのような状況の中、全米骨髄バンクから日本骨髄バンクに対し、
チャーター機での輸送であれば可能との連絡があった。
チャーター機での空輸にかかる費用はおよそ1600万円。
しかしこの金額を日本骨髄バンクが拠出することは、
財団法人という立場上、特定の患者の為に便宜を図ることは
他の患者との差別化が生じてしまう為にできない。
しかし、コトの緊急性、また“患者のもとへ一日も早く
骨髄液を届けることこそが骨髄バンクの使命である”との判断から、
チャーター機の要請を決断した。

輸送決定を受け、患者の入院先の病院関係者は
病室の無菌管理と感染予防に全力を注ぎ、
またある患者の主治医は患者のHLA型と一致する
臍帯血の現物を万一の事態に備えて確保する。

三人の患者への骨髄液を積んだ小型機は、
アメリカから途中ハワイ・マジュロ・サイパンを経由して給油を行い、
日本時間の15日19時24分に羽田空港に到着した。
その後骨髄液は厚生労働省、財務省の全面的な支援もあって迅速に各病院へと届けられ、
16日の未明、予定から4日遅れで無事三人の移植が無事終了した。
驚くことに、関東の患者に対しては小型機が羽田に到着後、
僅か1時間以内には既に骨髄液が病院に到着しているという離れ業だ。

懸念されていた1600万円の費用に関しては全米骨髄バンクも一部負担を決定し、
また懸命の募金活動により最終的には2000万円を超える金額が集まった。

まさに日米両国の骨髄バンクの情熱が国境を越えた瞬間であった。



本当に凄い話だと思う。
恥ずかしながら、当時のオレはこんな話全く知らなかった。
遠い知人がテロに巻き込まれた悲しみや、為替はどうなるんだ??とか、
狭い視野でしかこの事件を捉えることができていなかった。
嘆かわしい、情けない話である。

舞台からは、原作者、出演者の方々の熱い演技から様々なメッセージが伝わってくる。
会場自体がそこまで大きくなかったとは言え、凄い迫力だった。

舞台の中で、「ヒューマニズム」という言葉が1つのキーワードに感じられる。
一般的には人道主義、人文主義等として訳されるこの言葉、
百科事典では「人間を真に人間的たらしめている本性(人間性)を尊重し、
真に人間的な社会の実現を目指す理想主義的立場である。
従ってヒューマニズムは、人間性からの諸欲求と
その創造的表現たる芸術・道徳・宗教・科学などを、
それらを抑圧する政治・経済的束縛から解放し正しい発展・実現を目指す。」
なんてちょっと難しい表現もされている。

日米骨髄バンクの職員として果たすべき使命は何なのか!?

確かに、大規模な同時多発テロが勃発した中、
全米中がかつてない混乱に巻き込まれており、
マニュアル通りの結論を急げば骨髄液を届ける為に特別許可を下すなんてあり得ない。
正論、マニュアル通りの前例主義、理屈が通用しない世界。
情熱、感情論の世界になってしまうが、それがヒューマニズムだと感じた。

恐らく当時は日米骨髄バンクの職員の方々は懸命の説得工作のため、
不眠不休の日々が続いたに違いない。
考えれば考えるほど、幾つもの不可能を可能にしている。
そして、それは『患者の生命を救うため』『白血病による犠牲者を1人でも減らすため』
といった共通の目的意識が両国政府・バンク間でシンクロした結果の奇跡である。
当時の関係者の皆様方の勇気溢れる決断に、心から敬意を表したい。



『これ以上白血病による犠牲者を出さない』というメッセージは、
鑑賞に来た方々の胸にも熱く響いたと思う。
会場では骨髄バンクへの募金活動や、パンフレットの配布も行われていた。
グッズ販売の売上の一部も寄付されるそうだ。
ついつい色々と買い込んでしまった自分がいる・・・。

CIMG0146.jpg


鑑賞に来てた方々の年齢層は、思ってた以上に若かった。
半分くらいは20代・30代じゃないかなぁって思う。
それだけ若い方々にこのようなテーマの舞台が注目を浴びるのは嬉しい限り。
皆どんな思いを胸に抱えて帰宅したんだろうか。
何かを感じ、そして行動に移す人が1人でも多くいればと願うばかりだ。


何だか小学生の読書感想文みたいになってしまった感が・・・
けど、昨日の舞台鑑賞は、本当に発病宣告1周年に相応しく、
有意義な時間を過ごすことができたと思う。満足です。



p.s.
原作・脚本・演出をされたH.T.ISSUI様。
そして友情出演されてた中溝裕子様。
開演前のお忙しい中で時間を頂戴し、
お話が出来たのは僕の中でも1つの財産となります。
本当に有難う御座いました。

写真は左から中溝さん、管理人、ISSUIさんです。

CIMG0145.jpg


メガネトリオ?思わず笑ってしまう素敵な写真が撮れました。


以上

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気がつけば1年・・・
昨年の9月9日。
悪夢の様な・・・どん底に突き落とされる発病宣告から、
気がつけば1年が経過した。

思い返せば色々あった1年間。
っていうか色々ありすぎた1年間。
過ぎ去ってみればあっという間のデキゴトだった。

様々な出会いの連続だったと思う。

白血病との出会い。
医師、看護師の方々との出会い。
病棟・病室で苦楽を共にした同朋との出会い。
ドナーの方の骨髄液との出会い、そして融合。
日々の生活を蝕むGVHDとの出会い。
ブログをはじめたことをキッカケとした訪問者の方々との出会い。

考えれば考えるほど勉強させられた1年間だった。

果たしてオレ自身はこの1年間でどう変わったんだろうか?
ってかそもそも、変わったんだろうか?
確かに日常生活を送る上で色々な制限を課されてて、
また社会復帰もできていない現状下、
少なくとも行動範囲や生活スタイルはだいぶ変わったと思う。

それじゃあ肝心の中身は?
成長してるのか?むしろ退化してるのか?
少なくとも、物事に対する考え方、見方は多少なりとも変わった気がする。
前記の様々な出会いがもたらしてくれた新たな価値観。
そのままのほほんとサラリーマンを続けていたら見落としていたコト。
たくさんの落し物を拾い集めるコトが出来たような気がする。

少なくとも、俗世間から離脱した、半ば出家状態のこの1年間は、
決してムダでは無かったと胸を張って言いたい。
そしてムダで無かったと言い張る以上、それは充実していたものに違いない。

やっと1年経った。それとも、もう1年経ってしまった?
どっちが正解かは自分でも良くわからないけど、
事実として我が生涯の歴史に刻まれたこの1年間。
決して忘れること無く、今後もその先に続く道を一歩ずつ踏みしめて行こうと思う。

ひょっとしたら今自分が歩んでいる道は遠回りなのかもしれない。
探してみたらもっと近道があるのかもしれない。
けど最近思うことは、遠回りすることが決して悪いことでは無いということ。
遠回りしたからこそ見つかったもの。
近道を通ってしまったが為に見落としてしまったもの。
高度情報化社会が加速化するこの世の中において、
今や「時は金なり」の如く、省エネ・省コスト・省時間が世界基準。
そんな中で一旦立ち止まって、ゆっくりと自分の周りを見渡してみる。
こんな経験は、日々仕事をしていたら中々できないだろう。

良くオレが言ってるコトなんだけど、日本人ってのは頭が良すぎると思う。
頭がいい人ってのは10の結論を出すのに10考えれば到達する。
中には2~3考えれば、10の結論が出てしまう様な凄い人だっている。

もっと頭悪くなっていいんじゃないかなぁ?
10の結論を出すのに100考えたとしよう。
その結論を出すの為の余分な90は、頭のいい人からすればムダな時間なのかもしれない。
目標を「10」に設定した場合、確かにそれは正しいと思う。
けど、余計に90考えたという事実は、もっと長期的に先を見据えた場合、
決してムダにはならないはずだ。

90を考える余計な時間が与えてくれたもの。
それは今すぐには実となることはあり得ない。
けどきっと近い将来、その90が役立つ日が必ず来るに違いない。



今も尚、病室でこのブログを見てくれる同朋の皆様。
中には今月中の移植を控えている方もいるかもしれない。
自分の置かれている状況、それはきっと90を考える時間。
決して悲観すること無く、「今の自分にできるコト」を考えて欲しい。
それがきっと近い将来、必ずや役立つ日がくるから。
日々の一歩一歩を糧にして。明日を自分を信じて。
焦らずにゆっくりと前へ進んで下さい。



そして忘れてはならない感謝の気持ち。
医師・看護師の方々をはじめとする病院関係者の皆様。
一番近くで支えてくれた家族。
そして何度も病室に足を運んでくれた友達。
病室には来れなくても、電話・メールをくれた友達。
言うまでも無く、新たな命を吹き込んでくれたドナーの方。
そして骨髄提供に理解を示してくれたドナーの方のご家族、ご友人、職場の方々。

全ての人々に支えられ、囲まれ、見守られ、オレは今日も元気に過ごしてます。
この場をお借りして、改めて深く御礼申し上げます。
ホントにみんな、ありがとう!!!




さて、管理人は体調良好なのでこれからIMAGINE 9.11を見に行ってきま~す。
諸事情で見れなかった方々の為に内容の濃い報告を予定してるんで☆
楽しみに待ってて下さいな。

それでは行ってきま~す!!



以上

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【BRAVE STORY】本田美奈子編(番外)
今回のBRAVE STORYは番外編で本田美奈子さんをお送りします。



昨年11月に亡くなられてからもうすぐ1年が経とうとしてますが、
2005年12月16日の記事で簡単に紹介させて頂いた「あの曲」。
実は1周忌を迎える今年の11月にシングル盤が発売される予定です。

曲名は『wish』。願い、希望、祈り、祝福の言葉。
この楽曲を手掛けるのが音楽プロデューサーの井上鑑と、
彼の呼びかけに賛同した福山雅治をはじめ日本を代表するミュージシャン達が
参加したプロジェクト、『井上鑑 & M.I.Hバンド』である。

実は8月27日にテレビ東京で放送された『ソロモン流』という番組で、
この井上鑑氏の特集がされており、そこで本プロジェクトに関しても紹介があった。
訪問者の方のご協力により本件を知った管理人(てか見逃すなよ・・・って話ですが)、
慌てて様々な方のご協力によって無事放送された番組のビデオを入手できたので、
今回本田美奈子さんのBRAVE STORY本編に先立ち番外編として記事化するに至りました。



本田美奈子さんの楽曲を編曲担当することから出会った井上鑑氏ですが、
昨年の本田さんの闘病生活中で、「復帰第一作として詩を書きたいから曲が欲しい」
という本田さんの強い希望から、井上さんが作曲をし、
作曲当時福山雅治さんのツアーに同行中であったことから、
ツアーメンバーと共にデモテープを作成して、
入院中の本田さんに送ったことがこの『wish』のはじまりでした。

病室でデモテープと映像を見た本田さんは嬉しさの余り大泣きしたそうです。
しかし残念なことに本人は詞をつけること無く他界されてしまい、
コピーライターの一倉宏さんが、彼女が病床でノートに書きとめたコトバを集めて曲に詞をつけた。
一倉宏さんって言えばナショナルの「キレイなお姉さんは好きですか?」
サントリーの「うまいんだなっコレが!!」等で知られる一流のコピーライターです。

『ソロモン流』ではこの歌のサビの部分のレコーディング風景が放送されていたので、
ちょこっとだけココで歌詞をご紹介。



作詞:本田美奈子・一倉宏/作曲:井上鑑

あたりまえに来る朝も  光る海も雨の街も
あたりまえのことなのに  かけがえのない日々
ただ抱きしめて  いまそこにあるその幸せを




井上鑑 & M.I.Hバンド  メンバー

Keyboard:    井上鑑
Drums:        山本秀夫
Guitar:        小倉博和、鎌田ジョージ
Bass:         美久月千晴
Percussion:  三沢またろう
Saxophone:  山本拓夫
Trumpet:     西村浩二
Trombone:   村田陽一
Violin:        金原千恵子
Vocal:        坪倉唯子、高尾直樹、福山雅治



あと2ヶ月で発売予定!!注目下さい。
作成された経緯は忘れられても、皆の記憶に残る歌であって欲しい。
これが井上鑑さんの願いです。



最後になりましたが、番組放送内容を連絡下さったCKサン、
並びにビデオが見たい!!という管理人のワガママに快くご協力下さった
テレビ東京関係者の方々に深く御礼申し上げます。



以上

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紀子様ご出産/臍帯血の提供へ
今朝午前8時27分、秋篠宮紀子様が無事男児をご出産された。
部分前置胎盤のため帝王切開によるご出産だったが、
お父様にあたる秋篠宮様以来41年ぶりの男性皇族の誕生とあって、
日本列島は朝から歓喜の渦に囲まれた。



ってまあここまでは非常に有名な話で、
別にこのブログで敢えて取り上げるようなニュースでも無いのだが・・・
紀子様がご自身の臍帯血を臍帯血バンクに提供することに同意された。

採取された臍帯血は今後検査を経て移植に適していることが確認された後に、
愛育病院が登録している東京赤十字血液センター臍帯血バンクに登録される。

この場合はもちろん、皇室関係者としては初の提供となる。



日本臍帯血バンクネットワークへの登録は、
先ず提携する産科施設で出産することが必要であり、
今回紀子様がご出産された港区の愛育病院もその1つ。

部分前置胎盤に伴う帝王切開手術を必要と診断された結果として
宮内庁病院では無く別の病院でのご出産することとなったとされるものの、
これが結果として皇族初の臍帯血提供となる可能性を引き起こした。



偶然なのか必然なのか。
いずれにせよ、今回の紀子様の提供が実現すれば、
これをキッカケとして今後も更なる臍帯血提供者が増加することが大いに期待される。



めでたい話に拍車がかかるデキゴトです。



以上

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近況報告(2006/09/06)
なんだか今日の東京は変な天気ですね。

sky0906.jpg

雨が降りそうで・・・降ったと思ったらすぐ止んで。夕立に注意な季節になってきました。

徐々に髪の毛が伸びてきて、ジェルやワックスを使って少々色気づきつつあります。
もうすぐ免許の更新をしなきゃいけないんだけど、
休職期間中であるのをいいことにちょっと奇抜な髪型にでも挑戦しようかと悩む今日この頃。



2週間ぶりに外来診察に行ってきました。



結果は・・・至って順調☆一安心です。
1ヶ月前のマルクの結果も問題無し!!

口内の真菌はまだ少し残っているらしくて、引続きうがいを励行する指示はあったものの、
肝機能障害に関してはだいぶ落ち着いてきました。T-Bilも念願の正常値範囲内に突入です!!

恒例の血液検査結果と血糖値推移の記録は以下。












血液検査項目
項目8月23日9月6日
WBC11,600/μl7,000/μl
Hgb14.0g/dl14.5g/dl
PLAT302,000/μl267,000/μl
T-Bil1.9mg/dl1.2mg/dl
ALP634U/l483U/l
GOT(AST)64IU/L75IU/L
GPT(ALT)209IU/L182IU/L
γ-GTP791IU/L821IU/L













血糖値推移表
日付朝食前昼食前夕食前
8/29139175342
8/30122185217
8/31102185305
9/1113303329
9/2128142264
9/3126173325
9/4107160353
9/590178149


朝の血糖値は安定推移していて、
退院後1ヶ月経過してもインスリン投与が必要な水準には到達せず。
というコトで、朝食前の血糖値検査は今後不要となりました!!
これでゆっくり朝寝ができる・・・一歩ずつ前進してていい感じです。



次回の外来診察もまた間2週間空くことになったし、
こうやって徐々に診察の間隔も広がってくれば気分上々。



更にオマケでちょっとした幸せ気分になったのが・・・

777.jpg

診察費用の受付番号が777でした。
どうってこと無いんだけど、何だかラッキーな気分です。
こういった、ちょっとしたシアワセを大事にしていきたい。



以上、今日も元気いっぱいな管理人でした。

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【BRAVE STORY】吉井怜編(3/4回)
第3回/白血病との闘い~後編~

ちょっと間が空いてしまってすみません。連載第3回目です。
過去の2回を読んでない人は先にお読み下さい。
第1回/吉井怜さんをご存知ですか?
第2回/白血病との闘い~前編~

第2回までで、告知から寛解導入後の一時退院(2000年12月)までを紹介しました。
今回は一時退院後の生活から骨髄移植を経て芸能界に復帰するまで、
2000年12月から2002年8月までを紹介させて頂きます。

奇跡的に母親とHLA型がフルマッチしたにも関わらず、
芸能界への復帰を優先するが故に移植を拒否した彼女。
揺れ惑う思いを抱えながら半年に亘り3クールの維持療法を続けるも、
母親の記したノートをきっかけに、遂に骨髄移植を決意する。
前処置の壮絶な副作用との闘い、移植後の日々で思うこと。
何かが彼女の中で大きく変わっていく様を、どうぞご覧下さい。

尚、本文中で斜字表記されている箇所は前回同様、
彼女の手記『神様、何するの・・・』からの抜粋です。
様々な局面における彼女の心情描写が表現された箇所と思い、
独断と偏見で引用させて頂いております。



12月27日(水)
退院後1週間経過、初めての外来診察による経過観察。
主治医より、移植を受けるか悩んでいるのであれば・・・と
B病院の移植専門医との面談を薦められる。
(当時通院していた病院では移植は実施していなかった)



<1度目の維持療法入院>



<2度目の維持療法入院>



2001年4月2日(月)
主治医に紹介されたB病院の移植専門医と面談。
淡々と移植の成功率、完治する確率を数字で説明される。
今の寛解状態で移植をすれば60~70%の確率で完治、
但し再発後の移植では10~15%まで低下。
また現状の維持療法を継続した場合の完治率は僅か30%とのことであった。

その後に前処置・骨髄移植の具体的な手法について、
また移植後にはGVHD(拒絶反応)や、不妊といった問題・障害が残ることの説明あり。

医師からストレートに言われたことがショックで黙り込んでしまう。

いつかは心の底から愛せる人と出会って、子供を産み、
どんなに子育てで大変なことがあっても、
好きな人と一緒に乗り越えてけるような母に、自分はなれると信じていた。
それなのに、「不妊になります」
この、たった一言だけで、私の将来を打ち砕いてしまうなんて、いくらなんでもひどすぎる。




<3度目の維持療法入院(4月中旬~)>
移植をするかしないか、気持ちは固まらないままに3クール目の維持療法に突入。
周囲の意見は揃って「移植すべき」であったが、最終的に決めるのは本人であり、
具体的な数字をB病院の専門医に並べられてからは日々迷走が続いていた。

どうすればいいの?どうして私の型は、化学療法でも完治する確立が30%あるの!
それなのにみんなは移植手術しかすすめない。どうして?
移植手術でしか治らないのだったら、今すぐ踏みきれるのに。
どうやって自分で決めればいいんだよーーー!


GVHDの発症によって芸能界復帰が不可能となる可能性。
移植をしなかった場合は確実に仕事には復帰できるが、その後万が一再発した際は・・・。
本当は移植を選んだ方がいいのは自分でも理解していながら、
GVHDや不妊がその後の自分の人生に及ぼす影響を考えれば考えるほど揺れていた。

そういった状況の中で、同じ病気で闘うOさんが同じく維持療法のため入院してきた。
自分の悩みをOさんに打ち明けたところ、自分が心から信頼できる先生と出会えるまで
探したほうがいいと言われる。
この時、彼女の中で気持ちが移植へと大きく傾いた。
そして再度主治医の紹介により、1ヶ月後に横浜のがんセンターの先生とアポを取る。



2001年5月下旬
横浜のがんセンターへ。
前回のB病院とは異なり、非常に丁寧な対応・説明を受ける。
移植をする方向で自分の中でも決意が固まりかけていたのだが、
ここでは再発後に移植をしても完治の確率はあまり変わらないとの説明。
やはり未知の領域であり、医師によっても見解は異なるのだが・・・
移植の決意がここで再度揺らぐことになってしまう。
移植をせずに維持療法を継続することで
白血病と闘っていくことを、改めて考え直す結果となった。

諦めきれない未来の子供との出会い。
B病院ではアッサリと「不妊になります」の一言で切り捨てられたが、
ここでは不妊の事実を苦しそうな表情で伝えてくれた。
それが逆に不妊という意味の重さを改めて実感させてしまう結果となる。

今すぐじゃなくたって、将来、子供を産むか産まないかは別としたって、
私は、子供が産めなくなることが、本当は怖くて、寂しくて、辛かったんだ・・・。




その後は吹っ切れた気持ちで日常生活に戻った彼女であったが、
やはり冷静に自分の状況を考える余裕が生まれてくると
自分の決断が本当に正しいのかどうかわからなくなってくる。

もしも再発したらどうなるのかな?
そのとき、おかあさんの体調が悪かったら、骨髄移植はできないかもしれない・・・。

最終維持療法の寸前で再発してしまったら・・・私は後悔しないのかな?
私の体には爆弾があるんだよ。いつ壊れるかなんて、誰にもわからないんだよ。

もしかして、骨髄のタイプがおかあさんと一致したのは、
神様が私の「生きる道」をもう一度作ってくれたのかもしれない。
それなのに、移植手術をやらなくて、本当にいいの?




ある日、母親が過労で突然倒れ入院することとなった。
彼女が発病してから1年間、毎日2時間かけて病院へ通い、
家事をこなしながらも彼女のことを思い続け・・・体力の限界だったのだろう。
その時彼女は兄から、母親が大事に書いていたという日記を渡された。
以下はその一部の抜粋である。

『・・・怜が突然ロケ先で倒れたと聞く。本当に心臓が止まるかと思った・・・』

『白血病・・・!?どうしてあの子が・・・!?』

『変われるものなら変わってやりたい 私の命で助かるのなら・・・』

『私の命を持っていってください・・・』


ここで彼女の中で再び大きな心境の変化が生じる。

私はそれまで・・・“自分の命”というモノしか考えていなかった。
だけどそんな自分の命が実は親からもらったモノで、
そしてそれをまた誰かに渡してゆく。
そんな・・・大きな“命”をその時初めて感じた・・・。


以下は入院中の母親の病室での2人の会話の抜粋。


怜:「移植を受けたら・・・私・・・子ども産めなくなっちゃうよ・・・
      お母さんも・・・孫を見れなくなっちゃう・・・
      お母さん・・・それでもいい・・・?」

母:「当たり前じゃない・・・お母さんは怜がいてくれればそれでいいの。
      それにね、たとえ子どもが産めなくなっても・・・怜は怜でしょ・・・?
      怜にしか残せない何かを残していけるんじゃないかな・・・?」

怜:「お母さん・・・私・・・お母さんの骨髄・・・もらっていいかな?
      もう一度お母さんから・・・命をもらってもいいかな・・・?」

母:「仕方ないわね・・・私の娘だもんね・・・」



彼女の中の決意が固まった瞬間である。



6月20日
移植のため横浜がんセンターに入院する。投薬治療の開始。



2001年7月2日(月)
前処置開始。3度目のCV(カテーテル)を鎖骨下から挿入。
この日から愈々移植に向けて様々な検査が開始された。

予想以上の副作用に苦しむ。24時間気持ち悪さは消えず、
少しでも飲み物をとると1時間もしないうちに全部吐いてしまう。
動くと吐き気が襲ってくるからなるべく横になるが、
寝返りをうつだけで気分が悪くなり、また吐いてしまう。

自分はとてつもない病気と闘っているんだ、と改めて思った。



7月9日(月)
放射線治療の開始。
抗癌剤、放射線治療の影響で肌の色素沈着が進行。
感染症を防ぐ為にも毎日シャワーを浴びる必要があるのだが、
シャワー室内の鏡に映った変わり果てた自分の顔を見て・・・

あはは、ブサイク~。ひどい顔・・・ひ・ど・い・カ・オ!
アンパンマンが焦げちゃったみたいだよ~。ジャムおじさ~ん、新しい顔がほしいよぉ。
アンパンマンみたいに、こんな壊れた顔をあっという間に交換できたらいいのに・・・。


なんて笑いながらも、涙がこぼれてきた。

とにかく今を乗り切ろう、この一分一秒を乗り切っていけば、
いつかは元気になることができる・・・そう自分を奮い立たせた。

悪い方向に考え無いこと。考えなきゃ、副作用だってひどくは出ない。
これから出る副作用なんて、出たときに考えればいいんだし、きっと大丈夫!
要は気持ちの持ちようだ!と、自分に何度も言い聞かせながら、副作用に耐え続けたのだ。




7月10日(火)
翌日の骨髄採取の為、母親も同じ病院に入院する。
副作用で朦朧とした意識の中で、病室まで来てくれた家族の姿もかすんでよく見えない。
その内眠りについてしまい、気がつくと既に部屋には誰もいなかった。
すると枕元に3枚のメモ用紙があるのに気付く。家族3人からの手紙だった。

『<怜が見たら情報!>7月9日 暑い!今日はよく頑張ったね。あと1日と半分。
早くかあさんからチカラをもらえたらいいね!!とうさん』

『明日から一つ屋根の下。よろしくね!放射線治療もあと少しだよ 母』

『<兄情報!>D503iの赤を買ってしまった。かっこイーーー!!
レアなので大切に保管するぞ。プレミアもんです。
まぁ、退院するころにはさわらしてあげましょーーー。わっはっはっはっ。がんばってな~』


不安な気持ちを吹き飛ばそうと、三人からの手紙を何度も読み返した。

そして、その日の日記にはいつもより長めの日記が書かれている。
既に放射線治療を受けた為、不妊となってしまっていながらも、
やはり生まれてくるはずであった自分の子供のことを考えていた。



<まだ出会っていない、未来の赤ちゃんへ>

お腹に宿すことも、出来なくてゴメンネ。
いろんな空の色や 周りの景色を見せることができなくて、ゴメンネ。
生まれてくるとしたら 何人きょうだいだったのかな?
男の子? 女の子?

子どもで、自分勝手なママでゴメンネ。
ママは、自分が生きる道を選んだよ。 だけど、これからも、一緒に生きていくんだよ。
あした、私は、母から二度目の命を授かります。
その命には、母と私と、そして あなたの命が含まれている気がするんだ。
私は、一人じゃないんだね。
母とあなたから命をもらったんだから、こんなに強い力はないよね。

こんな私を、助けてくれてありがとう。
もしも、この先、逃げ出したくなっても、辛いことがあっても、負けないから。

私の体の中で、私の心の中で、
あなたは永遠に生きているから。
一緒に生きているから。
だから、力をください。 弱い私に、あなたの力をください。
これから、待っている どんな副作用にも負けないから。
頑張ってくるから。乗り越えるから。
愛してるよ・・・・・・ ずっと、ずっと愛してる。
ありがとう。




7月11日(水)【移植日当日】
午前中に最後の放射線治療を終わらせ、無菌室へ移動する。
その間、母親は別室で骨髄採取中。

一旦入室してしまうと簡単には外に出ることのできない無菌室。
個室の特権とも言うべき専用電話が用意されているが、誰かと話す気力も起きない。

電話機さん。なんだったら、一緒に寝ますか?

移植直前、昨年入院していた病院の主治医が急遽様子を見に病室へ登場。
ずっと初期からお世話になっていた主治医だっただけに、
嬉しさのあまり、直前にも関わらずはしゃいでしまう。

先生が来てくれなかったり、一人でほうっておかれたりしたら、
考えなくていいことまで考えてしまって、
手術への不安で体がガタガタ震えていたかもしれない


そしていよいよ午後5時、骨髄移植開始。

骨髄液が私の腕に少しずつ注入されているのを見ながら、
別の病室で休んでいる母を思い浮かべた。どんなときも付き添ってくれていた母。
自宅から病院まで往復で二時間もかかるのに、一日も休まず付き添ってくれていた母。
気持ちが荒れまくって、勝手なことばかり言っていた私をいつも温かく包んでくれた母。
その母の骨髄が自分の中に入ると思うと、体の中から母が守ってくれているような気がした。


50分間で無事骨髄移植終了。

そのとき、初めてぐっと胸に込み上げてくる何かを感じた。
一緒に生きていこうと決めた、未来の赤ちゃんが命を授かった瞬間・・・そんな気がした。




7月23日(月)/Day12
移植後11日間の記憶が完全に抜け落ちる。
移植後には治まると思っていた吐き気もひどくなるばかり。
水を飲んでもすぐに吐き出してしまうため、水も薬も怖くなってくる。
胃の中が空になって何も出てこないのに吐き続け、息ができない程の苦しみ。
吐きすぎて食道が切れてしまい、血が混ざる。
それでも治まらず、そのうち赤黒い血だけを吐くようになっていた。

移植前は食べ物を見ると気持ち悪くなっていたが、移植後は匂いだけで吐き気が襲ってくる。

吐き気も辛かったが、体力が落ちると気力も落ちる。
気力がなくなると白血病に負けてしまうようで怖かった。
だから、一つでも良くなっている部分を探し続けていた。


前処置の抗癌剤治療の副作用から、髪の毛が抜けはじめる。
抜けるというよりは、シャワーの水と一緒に流れ落ちるといった感じ。
どうせ抜けるならと自分で抜いていくも、何故か耳の上の髪の毛だけは中々抜けず、
他の髪が全部抜けても何故か一部分だけ残っていた。

この残っている毛というのは、いとおしくなるもので、
髪の毛の薄い人が、無理やり一九分けにしている気持ちがよくわかった。
髪の毛が抜けている間は、病室のゴミ箱に山ほど髪の毛を捨てた。
さすがに、それを見るのは辛かった。




7月27日(金)/Day16
初めて味のあるものを口にする。りんごジュースを15cc。

こんなにおいしいの!?



8月中旬
友人の裏切りをきっかけに、すべての人間関係から解放されたいと思うようになる。

誰も信じられなくなっていたし、
また、病気になってみんなに迷惑をかけている自分も嫌になっていた。

誰にも邪魔されず、一人っきりになりたかった。

病院では毎日、先生や看護婦さんと必ず言葉を交わさなければならない。
常に、誰が来るか、いつ来るかという意識が消えなくて、気持ちが休まるときがなかった。

もう、我慢の限界にきていた。こうなると、自分の感情がコントロールできない。
早く、本当に一人だけになれる居場所を作って、壊れてしまった感情を調整したかった。




その後、予定より少々早く退院できたものの、制限だらけの日常生活に解放感を味わえない。

不自由になっても、それを我慢するのが家族の愛で、
協力し合うのは当たり前って言われたらそれまでなんだけど、
自分も家族に気を遣っているし、家族は私よりももっと気を遣ってくれている。
家族が気を遣ってくれればくれるほど、周囲をわずらわせているという事実を突きつけられた。

ホント、私って自分勝手だよね。

でも、急には大人になれなくて、嫌な性格だとわかっているけれど、直せない。
こんなに私のことを心配してくれているのに、
それを重荷に感じてしまう自分が許せなかった。
自分の家なのに、家族なのに、どうしてだろう。

特別扱いをされていることが、一秒も、病気を忘れさせてくれなかった。




退院してしばらくは定期的に通院・検査をすることが必要だった。
母親がドナーだったので移植の生着もスムーズで、GVHDも一般のケースより極端に少ない。
幸い彼女は外見上のGVHDは何も発症せず、ドライマウス程度で済んだ。

しかし一方で退院してからも人間関係の悩みは絶えず、息苦しさにつきまとわれていた。
そんな時、マネージャーが彼女を外に連れ出し、色々と話をする場を作ってくれる。
徐々に彼女の重い口も開いていき、人間関係に疲れたことを告白する。

その瞬間、彼女の中で溜まっていた心の澱が一気に噴出して息が続く限り喋り続けた。

思いっきり空気を吸い込んだら、心の中の葛藤や悩みや、
自分にまとわりついていたさまざまなものが、すぅーっと消えていくような気がした。

白血病にかかって、命を落とす瀬戸際までいったけど、やっぱり私は生きている。
(生きてて良かった・・・)
初めて心からそう思うことができた。
そして、「生かされている」という自分に気づいたのだ。

愛されていない人はいない。
ただ、愛が当たり前になって、欲深くなって、
もっとたくさんの愛や、愛されたい人から愛されなかっただけで、孤独を感じてしまう。
だから、自分が生きている意味なんてないように思ってしまうのだ。
だけど、それは違う。
生かされているって、もっと、もっと大きな“何か”から守られているのだと思う。
私が白血病を乗り越えられたのは、その“何か”に選ばれ、守られ、生かされたからだ。

“何か”って神様なのだろうか。最初は捨てられたと思っていた神様に、
私はもう一度生きるチャンスを与えられたのだろうか。

本当のことは私にはわからないけれど、ようやく私は生きているって実感できた。
そしてこのときが私の本当の退院だったのだ。




そして2002年8月24日・・・最初の入院日から764日後・・・
彼女は奇跡的な復活を遂げ、芸能界へと復帰した・・・。




第4回/編集後記(管理人所見)へ続く



尚、本文中の表現は抜粋部(斜字)を除き
管理人の個人的な感想を主としております。
表記方法に問題がある場合は対応させて頂きますのでご一報下さい。



以上

ミンナでワッショイ!!
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