やっぱり・・・全然寝付けない。
自分の中でまだ心の整理がついていないというコトなんだろうか。
別にそこまで大騒ぎをする状況なのか!?
自分自身判断できないが、主治医は「今週中には治療を再開しよう」といったスタンス。
さて、何があったのか。
こんな時間(3時過ぎ)だけどちょっと振り返りつつ・・・。
いつも通り(って言ってもまだ3回目)今日は外来で採血検査の日。
実家から病院へ直行し、夕方空いた時間帯にサッサと採血を済ませる。
先週の結果から見ても今週後半の入院の可能性が高いことは否めず、
自分がどこの病棟に入院するのかのリサーチも兼ねて、
いつも通り各病棟へ顔出し感覚で散歩を兼ねたトークタイム。
どうもどこの病棟も賑わってるみたいで・・・あんまりめでたい話じゃないんだが、
ひとしきり入院先候補となりそうな病棟は全部回っても、
今週後半にベッドが空いて多分ココだろうなぁ・・・っていう確信は持てず。
そうこうしている内に検査結果の速報がいつも採血後1時間くらいで出るので、
その結果を知りたくなって、散々迷惑掛け世話になってる看護師のオネエサマに確認。
すると・・・
何だか変な動きを見せる項目が2つほど。
1つは白血球で、先週月曜→木曜は4300→4800とまあ順調に推移、
極端な骨髄抑制に伴う免疫不全の危険性は少ない水準まで回復していたんだが、
それが今日の検査では14300まで大幅に増加していた。
無論、抵抗力という観点に限定すればそれなりに好中球が増加してるコトが期待され、
そこまで大騒ぎする話でも無いかもしれないんだが・・・
たった数日でここまで増加するのはやっぱり異常事態。
その中身を知る必要がある訳で、ここで懸念されるのは天敵である芽球の爆発的な増加。
もう1つはLDHという項目で、一般的には肝機能の状態を示す数値なんだが、
白血病の場合は腫瘍マーカー的な位置づけで病気の肝臓に対する浸潤具合を計る目安とされる。
このLDHが先週からの推移で285→412→1096と一気に見たことの無い数値まで上昇。
不穏な空気が病棟内を突き抜けて行き、仲のいい看護師とも目を合わせて「何だこりゃ!?」と。
30分くらいだったかなぁ・・・あらゆる可能性に関して議論している内に、詳細結果が判明。
そう、これが絶対に開けてはならない、触れてはならないパンドラの箱だった。
無知であることの幸せっていうのはいつの世でも存在するわけで、
変な話、浮気だって知らないけりゃ全くOK。
自分が関係ない世界で何が起こっていようと、
それを一生知ること無く終わるのであれば何一つ問題は生じないはず。
知らなかった方が良かったんだろうか・・・
矢張り懸念は的中し、白血球に占める芽球の比率が先週木曜の8%から62%に激増。
言うまでも無く、母数の白血球総数が3倍に跳ね上がってるから、
芽球の絶対数は想像を絶する数値まで増えていることになる。
正直、ここまでの水準に達したのは初発の2005年9月以来ではなかろうか・・・。
色んな経験をこの1年半で積んできて、早々自分のデータで驚いたりはしないはずのオレが、
さすがにこの結果には血の気が引いてしまった・・・。
一番恐れるべきであった白血病細胞の爆発。
恐れるべきでありながら平穏な日々の中で雑踏に紛れて忘れてかけていた地雷の存在。
ピンポイントで引き当てた結果となり・・・取り合えずは気持ちを落ち着かせて帰宅。
その後やっぱり不安になって、主治医に電話をして明日以降のスケジュールを相談し、
当初は昼過ぎくらいに外来診察に行く予定だったんだけど、
急遽変更して朝一番で受診の後に、空き病棟へ緊急入院することになった訳です。
とは言ってもすぐにCV挿入の予約が取れる訳で無く、
明日病院に行ってみないと空いている病棟も一切わからず、
先ずは今夜を乗り切って行こう!!と気持ちを切り替える訳だけど・・・
この時間になっても寝付く気配が無いことから、やっぱり気持ちの整理が出来てないコトを痛感。
なーにが揺れない心だよ・・・と思いつつ、
昨夜緊急招集に成功した友人との愉快なヒトトキを思い出してみたり、
慌てて荷物の整理、必要最低限のグッズを探し出してかき集めてみたり。
8時過ぎには起きなきゃいけないんだが・・・起きれるだろうか。
それ以前に、寝付けるのだろうか・・・???
まあ最悪寝れなくても明日入院してからいくらでも寝る時間はあるのだが。
前回の(H)AM療法で一時的とは言え抹消血から絶滅した芽球達。
一瞬、このまま薬の治療で何とかなるんじゃないか???
危険を伴う骨髄移植・・・本当に踏み切る必要があるんだろうか???
そんな楽観的な発想を一発で吹き飛ばしてくれちゃいました。
結局は予定通り何だけど、再び前処置で徹底的に我が造血幹細胞を叩き潰して、
骨髄移植へ突入というパワープレイを選択せざるを得ない、
完全復活を果たすには他に選択の余地が無いことを痛感させられる、
そんな一日でした。
ネガティブな意味での節目となってしまった2007年5月21日。
2005年9月9日に初発告知→入院、そして2007年1月9日に再発入院。
並び的には9の数字だから・・・お、次は6月9日か。
なんて意味不明な憶測もどこへやら・・・。
さて、再びベッドに戻ることにします。
けど目はギンギンに冴えてるし、テンションも変に高いし・・・。
このやり場の無い気持ちをどう押さえ込もうか。
まさに暗中模索・・・原点に戻り、先ずは精神統一に挑みます。
多分そんなことしてる内に眠くなって寝付くんじゃないかな。
それでは皆さんごきげんよう。
大丈夫、気は確かです。別に極端に凹んだりもしてません。
まだまだ続く試練・・・ただ今は我慢の時間帯・・・。
今まで通りの接し方で引続きご愛顧下さい(苦笑)。
でわでわ・・・いい加減おやすみデス。
以上
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去年もここに書いたが、TK母校の野球部マニアとして、今年もしっかり一回戦から応援に行ってきたよ 快勝も快勝!TKも見てたか?
っ八丁揺れない心お願い>揺れない心本文をアップしてくださった方
この長澤何某というコメントを削除できませんか?このページだけは汚したくない。宜しくお願い致します。KN揺れない心はじめましてTKさん、みなさん、はじめまして。
初めてコメントさせていただきます。
TKさんの名前は時々訪問していた別のブログで拝見していました。
しばらくそのブログへ行くのloony揺れない心メッセージ、最近まで気付かなかった。本当にごめんね。
これ、見てるかな?
私は、TKさんがとっくに気付いてた言葉に、TKさんがいなくなった今頃、ようやく気付うみねこ揺れない心あれから数日経ったけど、今もここ覗きにきちゃいます。
すぐ弱音をはいちゃう私に、厳しいお言葉をくれてたよね。感謝!!
今でも、色々TK語録が私の中にはあるんだよ。myu冥界からの使者私も造影剤で…私も同じ経験をしました。今でも思い出すと怖くなります。通りすがり揺れない心心が折れそうな時、こちらのブログと出会いました。
TKさんから多くのプラスの力を頂きました。
揺れない心で居続けること、私の生きるテーマにもなりました。
本当ともる揺れない心あったかい居場所私もね、他のみなさんと同じようにこのブログを覘くのが習慣になってる。
同様に、ブログランキングへのぽちっも忘れない(笑)
TKのブログ更新が止まってからすでに1はるにゃん揺れない心報告昨日の夜、リンカーンをはじめてみた日を思い出していたよ。
そしたら、TKが夢にでてきた♪
懐かしいね。あの頃・・・。
いつも、思い切り笑うと、TKとの思い出がよみay