昨日はどうも心配お掛けしました。
一晩明けて今朝は非常に平和。
熱も36℃台までさぁーっと引いた。
これが逆に不気味だった。
なんで一晩で体温が3℃以上下がるんだ・・・?
いくら解熱鎮痛剤飲んでても異常だろ。
そして医者も戸惑ういつものパターン突入。
結局今日も夕方から熱が上がったんだけどね(苦笑)。
ピークは38.8℃だったんで、まあわりと楽だった。
この辺の感覚がどうも狂ってる気がしてならない。
さて本題。
実はまたもや人知れず不要な死闘を展開してました。
皆に聞きたい。
人生で「一番痛かったコト」って何だった?
もちろん物理的な話ね。
ネタが滑った話とかはいらないんで(笑)。
出産経験のある女性の場合は出産になるのかなぁ。
実はワタクシ、
この「一番痛かったコト」を
二日連続で更新してしまいました〜!!
過去に外科手術2回。
開胸・開腹の経験を有していながらにして、
世に斯様な激痛が存在することを知らなかった。
まあ手術時はモルヒネでシャブ漬けだから痛み感じないんだが。
あんまりキレイな話じゃないんだけど、
細かいトコは目を瞑って聞いてちょーだい。
そして想像してみてちょーだい。
痛い話を。
それは1週間前くらいの話。
黄門様の横に大柄な番人が棲みついた。
その番人の通り名は「G」。
その男は人の僅かな動きも見逃さず、
一瞬にして一瞬だけ息の根を止めに来る。
最初は黄門様の横で大人しく座り込んでいただけなのに、
いつしかその身を呈して黄門様をかばう程に成長した。
なのにどうして・・・事件は木曜夕方に起こった。
Gが突然自爆テロを起こしたのだ。
一瞬にしてあたり一面は血の海となり、
おびただしい量の体液が飛び散り、
それはまさに地獄絵図のようだった。
何がGを自爆へ追いやったのかは未だ不明だ。
ただこの自爆テロが大事件の幕開けに過ぎないということを、
一体誰が予想できただろうか・・・。
ってゆーことでとりあえず緊急事態発生!!
すぐさまナースコール出動。
慌てて主治医も休日出勤。
ホントいつもお騒がせしてスンマセンって感じ。
とりあえずはガーゼで応急処置し、
金曜日に大腸外科の診察を受けることに。
悲しいかな我が黄門様。
今まで2〜3人としかご対面したことの無い、
根っからの恥ずかしがり屋サンなのに、
木曜〜土曜にかけて10人以上に凝視されてしまった。
ああ・・・お婿に行けないよぉ・・・。
さて、前置き長くなったけど痛い話はここから本題。
先ずは金曜日の「痛い話」。
大腸外科での診察の結果、
「既に膿瘍は完全に自壊してて全く問題無い」とのこと。
ただ念の為・・・(嫌な予感)・・・
「切開しましょう、その方が治りも早いし」。
ってことで、黄門様の横5ミリの位置を切開することに。
「局所麻酔するから平気だよ〜」と医師は言う。
けどこの局所麻酔が落とし穴だった。
痛み更新第一号。
“黄門様の周囲4箇所に打ち込まれた注射達”。
まあ敏感な場所だからねぇ・・・
結局1.2センチ切開された。
そして痕には小指の先がすっぽり入るくらいの穴が。
「止血の為に開いた穴にガーゼ詰めとくから」
「まあ鼻血出た時に鼻の穴にティッシュ詰めるのと同じだよ」
外科医の発言っていうのはいつも軽快で爽やかだ。
麻酔効果も奏功して、無事処置は終わった。
しか〜し・・・その日の晩。
当然の如く麻酔は切れる。
そして激痛が走る。
考えてみりゃ1cmの立方体サイズの陥没裂傷がある訳で、
痛くないはずがないわな。
ケツをかばって寝ようとするオレ。
その結果腰を痛めて泣きっ面に蜂状態のオレ。
そんな訳で、ほとんど寝れずに悶える夜を過ごしたのでした。
夜が明けて土曜日。
天気がいい。爽やかな朝だ。
そんな爽やかさに便乗するように大腸外科の医師が登場。
「昨日のガーゼを取りに来ましたよ〜」
相変わらず軽快だ。
「それじゃあちょっとオシリを見せてくださいね〜」
「ああ、傷口キレイですね。血も止まってるし良かった」
その直後のデキゴトだった。
「それじゃあガーゼ取りま〜す、力抜いてね」
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言葉が出なかった。
どこにこんな元気が?ってくらい体が飛び上がった。
そして5分間、すかさず消毒をしたがる医者に謝り続けた。
「スンマセン、ももも・・・
もうちょっと待って下さい・・・」と。
これが更新第二号。
しばらく更新されるコトは無いような気がする。
“穴状の傷口(肉むき出し)にガーゼを突っ込んで
一晩寝かせそれを一気に抜き取る”でした。
さあみんな。ちゃんと想像できたかな?
今夜はちょっと情けなくも切ない小話でした。
Gの正式名称は「肛門周囲膿瘍」。
わかりやすく言うと「イボ痔」の一種?
「痔」デビューだった訳だけどありゃしんどいね。
ボラギノール、プリザS万歳だ。
じゃんじゃん止まって治してくれ。
痔の薬のCMってやたら多いなぁって思ってたけど、
今回の事件でその全てに納得させられた訳でした。
めでたしめでたし。
そしたら、TKが夢にでてきた♪
懐かしいね。あの頃・・・。
いつも、思い切り笑うと、TKとの思い出がよみay揺れない心一ヶ月以上過ぎてしまい・・・。早いのか遅いのか、それすら解らない・・・。この喪失感から抜け出すことなんてできるのかな。KS揺れない心ありがとう私の大切な人がTKさんのすぐお側で闘病していました。知らずに偶然このブログと出会い、いつも彼を応援する同じ気持ちで拝見していました。彼は今無事退院し社会復帰を目RIN揺れない心はじめましてもっと早く出会いたかったです。
精一杯生きますね。
たくさん教えられています。
「いま、ここに生きる。」
与えられた時間をつぶやかずに、誠実に、感謝をこめてゆり揺れない心TK見てる?TK、すごいよ。50万HITだよ。毎日みんなが力をもらってるよ・・・。揺れない心ありがとう身内が病に冒され
言いようのない気持ちの中で
こちらのブログに出会いました
読むことで何度勇気付けられたか・・・
今は寂しさで何度もこちらを訪ねてしまいますかのん揺れない心苦しい道のりを笑顔で歩ききったTKに教えてもらったことは、俺のこれからの人生の糧になると思う。
いや、絶対糧にする。
ありがとtora揺れない心自分自身が最低最悪の状況で、ブログを覗くことすらできなかったこの1か月。
今日、久しぶりに訪問して、大変落ち込んでいます。
病の種類は違えど、厳しい状況と言う共絶句・・・揺れない心御礼とお願いごめんくださいませ。
TKの母でございます。
皆様ご存知のとおり、
4月7日(月)午前8時10分 息子は旅立ちました。
心拍数が下がり始めてから、あっといTK母揺れない心ありがとうねつらいこともたくさんあったはずだけど、貴方は最後まで明るく前向きでした。もう頑張らなくていいからね。旅人